
園基任について
園基任(その もとただ/もととう)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての公卿であり、園家の第12代当主です。彼は1573年に生まれ、1613年に亡くなりました。父は左近衛中将の園基継で、母は中院通世の一族に属します。
官位と役職
園基任の官位は正四位上であり、参議として仕えました。彼は薨去後に左大臣へ追贈されています。また、後光明天皇の外祖父としても知られています。彼の家系は藤原北家中御門流の派生であり、その歴史は古いものです。
家族と子孫
園基任の家族には、彼の娘である光子が含まれています。この光子は後水尾天皇と結婚し、天皇家との関係を深めました。園家の家系は、公家としての地位を維持し続けてきました。
歴史的背景
彼の生きた時代は、戦国時代の終わりと江戸時代の始まりにあたります。この時期、政治体制が大きく変化し、徳川幕府が成立します。園基任はこの過渡期において、貴族として重要な役割を果たしました。
園基任は、天正12年(1584年)に叙爵され、その後累進して侍従、左近衛少将、左近衛中将、蔵人頭を経て、慶長17年(1612年)に参議となり、公卿に列しましたが、翌年に薨去しました。享年は41歳です。彼の業績としては、後光明天皇の即位に伴い、外孫の立場から左大臣に追贈されるなど、後の園家の繁栄にも寄与した点が挙げられます。さらに、彼の血筋からは霊元天皇など、複数の天皇を輩出しています。
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